思いついたときに少しずつですが、
春に向けてガラクタ退治(断捨離)を
進めています。
断捨離をしていると私の場合よくあるのが
「なんでこんなモノ買ったんだろ??」
と、自分で首をかしげてしまうような
モノが発掘されること。
あるいは、
「こんなものを身に着けて
背伸びしたがってたなー」
と思うような”マダム御用達”モノが
続々と出てくること。
”マダム御用達”とは例えば、
年齢には似合わない大人すぎる香りのトワレとか、
分不相応なほど高価なバッグとか。
今、それらを買った当時より、
ずっと大人になって(=トシを取って)思うのは、
「きっと全然似合ってなかっただろうなー」
ということです。
身に着けていた当時の私は、
得意の絶頂wな気分だったに違いないけれど、
はた目から見たら、たぶん
全然身についてない珍妙な状態
だったと思うのです。
モノを買うこと自体は誰にでもできますが、
それが似合うかどうかは、別物です。
自分で稼いだお金で何を買おうとも自由だし
好きな物を好きなように持てば良いでしょ、
とは、今も昔も思います。
でも釣り合っていない、つまり
持ち主の内面・精神とモノが合ってないと、
モノだけが浮いてるように見えたり、
ひどい場合には滑稽な印象すら
第三者に抱かれてるかもしれません。
自分ではカッコいいつもりが、
どこかで誰かにクスっと笑われたりしてたら、
「腹立つわー( `ー´)ノ」ですよね。
そんなことにならないためには、
モノで自分を『虚飾』するのではなく、
そのモノにふさわしい自分になれるよう
自身を高める努力が必要でしょう。
大枚はたいて手に入れたモノに
貫禄負けしていては、
本末転倒って感じです。
あるいは逆に、モノを目標として、
自分磨きに使うこともできますね。
持ちたいモノが今の自分には
ちょっと”お高く”感じられても、
その”お高さ”に見合う自分になれるよう
外見も内面も磨いていけば良いのです。
とは言うものの。究極的には、
似合っていてもいなくても、
誰に何を思われても、
そのモノを身につけること自体に
自分が心底満足してるなら、
それはそれで間違いなく幸せだ
とも思うのでした。
(って、そんなオチ(゚д゚)!? 失礼しました)
今日もお読みくださいましてありがとうございました。